生物兵器禁止条約専門家会合2015 の議論に見るバイオセキュリティの動向

本論文は、以下の論文を日本バイオセーフティ学会より許可を得て転載しています。
齋藤智也. 会議参加報告 生物兵器禁止条約専門家会合2015の議論に見るバイオセキュリティの動向. 
Meeting Report: Trends in Biosecurity: Report from Biological Weapons Conventions 
Expert Meeting 2015. JBSA Newsletter. 2015;5(3) : 35-38.

会議参加報告

生物兵器禁止条約専門家会合2015 の議論に見る
バイオセキュリティの動向

齋藤 智也
国立保健医療科学院健康危機管理研究部

はじめに

細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約(通称「生物兵器禁止条約」、以後BWC とする)は生物・毒素兵器を包括的に禁止する唯一の多国間の法的枠組みである1)。5 年毎に開催される締約国による運用検討会議のほか、近年は、「会期間活動」として、専門家会合と締約国会合を毎年開催し、条約の実施及び強化のために必要な方策について議論を行っている。筆者は、今年8 月にジュネーブで開催された専門家会合に参加し、口頭発表2)及びポスター発表3)を行ったので、この場を借りて会議概要を報告させていただきたい。

2015 専門家会合の背景

今年は第7 回運用検討会議(2011)の決議に基づく会期間活動(2012 〜2015) の最終年である。BWC は、条約遵守を検証する手段に関する規定が不十分であることから、条約を如何に強化するかが課題とされている1)。そのため、「会期間活動」として、専門家会合と締約国会合を開催し、2003 年から様々な分野の議論が継続的に行われ、条約の履行・強化につながる具体的な方策について共通理解の醸成を目指している。軍縮的コンテクストでの議論が中心の場ではあるが、近年は事態発生後の公衆衛生対応等を含めたより幅広い領域に議論が拡大している。その理由として、第一に、生物剤は剤の管理が困難であり、民生用途と境界が曖昧でもあるため、ボトルネックとして管理可能なポイントが存在しないことが挙げられる。さらには、生命科学の急速な進展による技術的進歩の悪用への懸念がある。科学の発展とその利益の享受を妨げず、内在する「デュアルユース性」のリスク管理を行うアプローチとして、「予防の包囲網(Web of Prevention)」という観点から、事態発生後の公衆衛生対応までを含めた、関係者も幅広く設定したリスク管理の考え方が共有されている。その議論のスコープの中には、当然「ラボバイオセーフティ・バイオセキュリティ」も入っている。
専門家会合は、締約国のみならず、様々な関係主体にも門戸を開いていることが特徴的である。締約国や、関係国連機関、国際機関のほか、NGO らも議論の傍聴が認められている。また、本会合の合間にポスターセッション、サイドイベントも開催され、様々な情報発信が行われている。筆者は2008 年、2014 年に続いて3 回目の出席となったが、「生物兵器対策」という観点で、各国の最新の取組みについて、予防的観点から公衆衛生対策まで幅広く意見交換ができるため、学会などとは異なる重要な情報共有プラットフォームであると感じている。2012 年〜2015 年は、常設議題として「国際協力・支援」と「科学技術進展のレビュー」「国内実施強化」を置いている。ほか、2014/2015 年は「条約第7 条(生物兵器使用疑惑の際の防護支援)実施強化」が議題となった。
専門家会合・締約国会合は、非同盟運動(Non-Aligned Movement ; NAM)、東ヨーロッパグループ、西側グループの代表が議長・副議長を交代で務めることになっており、本年はNAM のマレーシアのジュネーブ政府代表部大使が議長を務めた。

2015 専門家会合の主な議論

昨年から今年にかけての西アフリカにおけるエボラウイルス病への対応経験は、まさに今年度の議題「国際協力・支援」「第7 条の実施強化」に教訓を与えるものであり、関連する声明が数多く聞かれた。この専門家会合の直前にも、国連軍縮研究機関とBWC 履行支援ユニットの共催による「生物兵器禁止条約へのエボラアウトブレイク対応からの示唆と教訓」4)という会合が開催されている。ここではエボラ流行での経験を踏まえ、意図的な生物剤散布が行われた状況下での支援を想定した議論を行っている。議論では、原因究明や対応支援における、軍と公衆衛生対応者の関係や指揮命令系統のあり方、医療従事者のセーフティ・セキュリティ、国際機関とNGO の関係性などが指摘された。また、生物兵器禁止条約には、支援すべき役割はあるとしてもその対応キャパシティや指揮命令系統機能は事実上有しないというギャップも認識された。
そのほか、ロシアによる議定書(法的拘束力のある条約の補完文書)作成に関する交渉再開提案や、第8 回運用検討会議に向けた発言といった重要な話題もあったが、条約そのものに関する外交交渉的要素が強い内容であるため、ここでは割愛する。
例年通り、多数のサイドイベントが開催されたが、そのタイトルと主催者を表1 にまとめた。中でも、オランダのバイオセキュリティ強化に関する一連の取組みに関する報告は興味深かった。ラボの脆弱性評価ツールの開発など、ラボバイオセーフティ・セキュリティ関係者にも関心の高い取組みであるが、この詳細については別の機会に報告したい。

表1. サイドイベント